平成の歴代日本ダービー1着馬を解説!(1989年〜2000年)

こんにちは!岡本です。

今月の5月27日(日曜日)は日本ダービーです。

注目ポイントは、皐月賞を制したエポカドーロの二冠なるか!?ダノンプレミアムのダービー制覇か!?というところでしょうか。平成最後の日本ダービーを制するのはどの馬になるのか注目の一戦です!

今回の日本ダービーは、平成最後ということで、これまでの平成のダービー馬29頭を振り返っていこうと思います!

まずは、1989年から2000年のダービー馬12頭です!

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◆1989年 ウィナーズサークル

好スタートから中断のインコースでじっと末脚を温存すると、最後の直線で馬場の中央を通って鋭進。最後は伏兵リアルバースデーとの一騎打ちになったが、これを半馬身差で退け、見事ダービー馬となった。

郷原洋行騎手はダービー2勝目。芦毛、そして茨城産としては初の快挙だった。

◆1990年 アイネスフウジン

朝日杯三歳ステークスをマルゼンスキーのレコードタイムに並ぶ1分34秒4で優勝し、世代のトップホースへ躍り出ると、翌春のクラシック路線で活躍。

皐月賞(G1)2着の雪辱に燃えた日本ダービーでは、迷わずハナを切り、そのまま一度も先頭を譲らず2分25秒3のレースレコードで快勝。以後2004年までこの時計は破られなかった。

◆1991年 トウカイテイオー


シンボリルドルフの初年度産駒として華々しくターフに登場すると、父を彷彿させる無敵の快進撃を披露。

日本ダービーは20頭立ての大外枠だったが、それも大きな障壁にはならず、直線半ばで勝利を決定付ける完勝劇だった。父以来の無敗のダービー馬誕生。その強さに誰もが魅了された。

◆1992年 ミホノブルボン

戸山為夫調教師の下、栗東の坂路で鍛え上げられた「栗毛の怪物」は底知れぬスピードで不安視された距離面を次々と克服。

圧倒的な強さで皐月賞(G1)を制したのに続き、日本ダービーでも後続に影を踏ませない走りでクラシック2冠を達成。多くのファンに愛された。

◆1993年 ウイニングチケット


ビワハヤヒデ、ナリタタイシンとの3強時代を全力で駆け抜けた名馬。3歳時のトライアルレースから注目を集めたが、何と言っても日本ダービーの勝利が鮮明だ。

柴田政人騎手にダービー初栄冠を捧げた人馬一体の名勝負は永遠に歴史に残るだろう。

◆1994年 ナリタブライアン


1994年の皐月賞・ダービー・菊花賞をいずれも圧倒的な差で勝利。史上5頭目のクラシック三冠を達成した勢いで有馬記念も制覇。

激しい気性が災いしデビュー当初は安定感を欠いたが、シャドーロールを初めて装着した6戦目の京都3歳ステークスから無敵の快進撃がスタート。

皐月賞が3馬身半差、日本ダービーが5馬身差、菊花賞が7馬身差と、距離が伸びるごとに着差を広げていった圧巻の強さは永遠の語り草である。

皐月賞・菊花賞ではレースレコードもマーク。圧倒的な強さを誇るシャドーロールの怪物として競馬ファンのみならず多くの人々を魅了した。

1996年に種牡馬になるも1998年死亡。後継産駒が出なかったのは惜しまれる。顕彰馬にも選出され、栗東トレセン内に馬像が建立された。

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◆1995年 タヤスツヨシ

前走の皐月賞は追い込み届かずジェニュインの後塵を拝したが、距離が伸び、最後の直線も長くなった日本ダービーでリベンジに大成功。

サンデーサイレンスの初年度産駒として2着ジェニュインとともに父の名声を上げた。サンデーサイレンス時代の到来が高らかに宣言された印象深い一戦だった。

◆1996年 フサイチコンコルド


「外からフサイチ、外からフサイチ、内はダンスインザダーク、コンコルドだ、コンコルドだ、外から音速の末脚が炸裂する、フサイチコンコルド。今一つの競馬の常識が覆された!なんと僅か3戦でのダービー制覇!」

前年のイギリスダービーでキャリア1戦のラムタラが優勝。世界中に衝撃が走ったが、日本でも通算3戦目という史上最小キャリアでの快挙がフサイチコンコルドによって達成された。

それも最後の直線で一番人気のダンスインザダークを差し切る強い内容。和製ラムタラの異名がよく似合った。

◆1997年 サニーブライアン


「これはもう、フロックでもなんでもないっ!サニーブライアン!」三宅正治アナの名実況が印象的だったサニブーの日本ダービー。

◆1998年 スペシャルウィーク


最後の直線で独走状態に突入。いつもの武豊騎手なら手綱を緩めて流す場面だが、悲願に向けて一瞬の油断も見せず後続を引き離して先頭ゴール!

通算10度目の挑戦でダービージョッキーの称号を得た。それもデビューからコンビを組み続けてきた良き相棒との勝利。喜びもひとしおだったはずだ。

17戦中16戦が3着以内と安定した強さに加え、主戦騎手はスター騎手武豊。父サンデーサイレンスということもあり大きな人気を博した。

3歳時は日本ダービーを制覇。特に活躍が光った古馬時代には天皇賞春・秋とジャパンカップも制覇。

秋の天皇賞ではコースレコードを記録した。2000年に引退後種牡馬入りし、ブエナビスタなど多くの優れた産駒を送り出した。

◆1999年 アドマイヤベガ


母ベガが桜花賞(G1)オークス(G1)で2冠を達成してからの6年が経過し、アドマイヤベガはその長男として日本ダービーの晴れ舞台に立った。

最終的にナリタトップロードとアドマイヤベガが3.9倍、テイエムオペラオーが4.2倍。三強というよりも三頭の一番人気馬がいるような雰囲気だった。

最後の直線でその三頭による激しい叩き合いとなり、最後まで追い出しを我慢したアドマイヤベガが大外から鋭く伸び、先頭ゴール!天才・武豊の冷静な騎乗が光る一戦だった。

気品に溢れた雰囲気はまさしく良血馬独特のもの。母も輝いた東京芝2400メートルの大舞台で本馬も大きな輝きを放った。

◆2000年 アグネスフライト


「エアシャカールか河内の夢か豊の意地かどっちだ!?(三宅正治)

河内騎手はこの時17回目のダービー挑戦。対する武豊騎手はダービー3連覇がかかっていた。

祖母アグネスレディーはオークス馬。母アグネスフローラも桜花賞馬とクラシックウイナーの血を受け継いだ本馬。

前走の京都新聞杯(G3)で重賞初制覇。大目標だった日本ダービーでは最後の直線で大外から鋭進。祖母、母の主戦でもあった河内洋騎手をダービージョッキーへと導いた。

翌年には全弟アグネスタキオンが皐月賞(G1)に優勝。日本を代表するクラシックファミリーの存在感を示した。

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◆番外編 ミドリマキバオー(みどりのマキバオー)

サラブレッドには見えない容姿で、白い珍獣とも呼ばれる。本命はうんこたれぞう。チュウ兵衛、菅助との出会いにより秘められた能力が覚醒。

馬並み外れた心肺機能と限界知らずの勝負根性を誇り、マスタングスペシャル、キツツキ戦法、ハング・オンなど独自の走法を持つ。

宿敵カスケードとの死闘をいくどとなく繰り広げ、ついには日本競馬の頂点に立った。

◆番外編 カスケード(みどりのマキバオー)

最強であることを運命づけられたマキバオーの永遠のライバル。圧倒的な強さと王者の風格を持つが胸には熱い闘志がみなぎっている。

顔が地面につくほどの極端な前傾奏法を得意とする。病に犯されながらもマキバオーとの決着をつけるべく有馬記念に挑み、命を懸けた走りで世界の頂点を目指す夢を次の時代へと託した。

◆まとめ

平成の前半12年間は以下に書いたように4つの傾向があったかと思います。

どれも熱いレースですけど、個人的には1999年の日本ダービーのアドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーの3強が最後までしのぎを削るレースが一番好きです。まさに、最高の日本ダービー!

・アイネスフウジン、ミホノブルボン、サニーブライアンの逃げ切り

・ウイニングチケットとアドマイヤベガの年は3強が激突

・トウカイテイオー、ナリタブライアン、スペシャルウィークら大本命が圧倒的な力を見せて優勝

・アグネスフライトとミドリマキバオーの年はライバル馬とのマッチレース

みなさん、思いでの日本ダービー、ダービー馬がいるかと思います。今年の日本ダービーの前に思い出のレースを見直してみるのもいいと思います。

最後までブログを読んでいただきありがとうございました!

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