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平成の歴代日本ダービー1着馬を解説!(2001年〜2010年)

こんにちは!岡本です。

今月の5月27日(日曜日)は日本ダービーです。

注目ポイントは、皐月賞を制したエポカドーロの二冠なるか!?ダノンプレミアムのダービー制覇か!?というところでしょうか。

平成最後の日本ダービーを制するのはどの馬になるのか注目の一戦です!

今年の日本ダービーは平成最後ということで、これまでの平成のダービー馬29頭を振り返っていこうと思います!

今回は、2001年から2010年のダービー馬10頭です!

2001年 ジャングルポケット


「マル外開放元年新世代の扉をこじ空けたのは内国産馬ジャングルポケット!」(三宅正治アナ)

外国産馬の開放元年となった2001年。ライバルはNHKマイルカップ(G1)を勝った外国産馬クロフネと見られていたが、そのクロフネは最後の直線で伸びを欠いた。

対照的にジャングルポケットは力強い末脚を発揮。堂々たる勝利で内国産馬の意地を見せた。

未完の大器と呼ばれたフジキセキが引退してから約6年。再び同じチーム(馬主、調教師、騎手)で挑んだクラシック路線にて日本ダービー制覇という最高の結果が生まれた。

ウイニングランの時、本馬が大歓声に驚いて頭を激しく上下させたシーンは語り草である。

タフなコースで知られる東京芝2400メートルでG1を2勝したように高い能力に疑いの余地はない。

日本ダービーは重馬場でパワーを要求されたレースであり、ジャパンカップは2分23秒台の速い時計の決着でスピードが問われたレースだった。

同じコースでも異質のレースを制した意味は大きい。今でも東京芝2400メートルのスペシャリストとしてその名を轟かせている。

2002年 タニノギムレット


初勝利直後から重賞を3連勝。瞬く間にこの世代の横綱格として注目を集めた。最大の武器は末脚。抜群の瞬発力を持ち最後の直線でスパッと切れる決め手は多くのファンを魅了した。

NHKマイルカップでは最後の直線で致命的な不利を被り3着。そのリベンジを誓った日本ダービーは、最後の直線で持ち前の豪脚を発揮し、見事第69代の栄光を勝ち取った。

レース後、降っていた雨が上がり、まるでで勝利を祝福するかのように東京競馬場に美しい虹がかかった。

通算8戦のうち7戦でメンバー中最速となる上がり3ハロンタイムをマーク。中でもシンボリクリスエスなどをゴール寸前で計ったように差し切った日本ダービーは実に見事だった。

2003年 ネオユニヴァース


前走の皐月賞ではサクラプレジデントとの接戦を制したネオユニヴァースが続く日本ダービーでも能力を全開。

後方追走から徐々にポジションを仕上げて最後の直線で難なく抜け出した。外国人ジョッキー初制覇、お馴染みのミルコデムーロ騎手がまた一つ伝説を作った。

2004年 キングカメハメハ


「今最強の大王が降臨した!キングカメハメハ強し!」(三宅正治アナ)

NHKマイルカップと日本ダービーを制した初代変則二冠馬。主戦の安藤勝己はNHKマイルカップの勝利で手応えを掴んでおり、レース前からどこを通っても負けないというくらい自信があった。

最後の直線ハーツクライ、ハイアーゲームが猛烈な勢いで競りかけてきたが相手にせず優勝。ゴール前では安藤勝己がガッツポーズを見せるほどの余裕の勝利であった。

2005年 ディープインパクト


無敗で皐月賞(G1)を制したディープインパクトの強さは社会現象化し、日本ダービーでは単勝支持率73.4%(1.1倍)国民的アイドルホース・ハイセイコーが記録した66.6%を32年ぶりに塗り替えるダービーレコードをマークし、レースでもその圧倒的支持にふさわしい納得の強さを見せた。

2006年 メイショウサムソン


6番人気で優勝した皐月賞(G1)がフロックでなかったことを証明するように、日本ダービーでも好意追走から最後の直線で息が長い末脚を存分に発揮。

逃げ粘るアドマイヤメインをめがけてジリジリと一完歩ごとに差を詰め、ゴール前でしっかりとらえた。2冠目は堂々の一番人気だった。

2007年 ウオッカ


馬場の中央から一際目立つ末脚でグイグイ伸びてきたウオッカ。その光景に目を疑ったファンも多かったことだろう。

牝馬による日本ダービー制覇は1943年のクリフジ以来。実に64年ぶりだから、それも無理はない。あまりに鮮やかな勝ち方、それも牝馬が常識を覆したことに場内は騒然としていた。

戦前は「厳しい」という声が多かった日本ダービーへの挑戦だったが、いざ蓋を開けてみれば、ウオッカの末脚が炸裂し、直線半ばで勝負が決する圧勝。

その後も日本を代表するトップホースとして活躍。中でも天皇賞(秋)でのダイワスカーレットとの死闘は後世へと語り継ぐべき名勝負である。

2008年 ディープスカイ


3歳3月頃から急激に頭角を現し始め、四位洋文騎手とコンビを組むようになった毎日杯からレースぶりが激変。

2馬身半差の圧勝で重賞初制覇を飾ると、続く NHKマイルカップ、日本ダービーで一番人気に支持された中、最後の直線で抜群の末脚を発揮し優勝。変則二冠を達成し、名実ともに世代最強馬となった。

また鞍上の四位洋文騎手にとっては前年のウォッカに続く優勝。史上二人目の日本ダービー連覇を達成した。その後も芝1600メートルから2400メートルと幅広く活躍。父アグネスタキオンのリーディングサイアーのタイトル獲得に大きく貢献した。

2009年 ロジユニヴァース


父ネオユニヴァースは2003年の日本ダービー馬。それから6年後、待望の初年度産駒が次々と勝ち上がる中、真っ先に父の名声をあげたのがロジユニヴァースだ。

クラシックの登竜門であるラジオNIKKEI杯2歳ステークス、弥生賞を快勝するも皐月賞で惨敗。

雪辱を期した日本ダービーは、レース当日の昼頃から強烈な雨に見舞われる。馬場は一気に不良となり、自ずと道悪適性を問われるレースになったが、そんな中、ロジユニヴァースがまさしく水を得た魚のように躍動する。

大雨の不良馬場となったレースで先行力を活かし圧勝!ダービー親子制覇の偉業を達成し、皐月賞(G1)の雪辱を果たした。

なお、勝ちタイムはレースレコードより10秒以上も遅かった。

2010年 エイシンフラッシュ


ドイツからの持ち込み馬でデビューは2歳の9月。この年クラシックの登竜門・エリカ賞(500万下)を勝ち、一躍クラシック候補にのし上がる。

京成杯で重賞初制覇。皐月賞3着を経て日本ダービーに参戦。

1000メートル通過61秒6は良馬場で行われた日本ダービーとしてはスローペースの部類。馬群は4コーナーで一塊となり、典型的な瞬発力勝負のレースになると、馬場の中央から力強く伸びてきたのがエイシンフラッシュだった。

上がり三ハロンのタイムが驚異の32秒7!メンバー中最速の末脚で栄冠を掴んだ。

主戦の内田博幸騎手は、初の日本ダービー制覇。持ち込み馬がダービー馬となるのは2004年キングカメハメハに次ぐ史上4頭目の記録である。

まとめ

2001年から2010年の10年間はいろいろなことがありました。どのレースも衝撃的なんですが、00年代中盤のキングカメハメハ、ディープインパクト、ウオッカの3頭はちょっとレベルが違います。

2004年のキングカメハメハが勝った日本ダービーと2005年のディープインパクトが勝った日本ダービーは現地に行っていたので印象深いです。

2004年は夏のような熱さの中で、常夏の熱さを味方につけた大王が他を寄せ付けない強さを見せつけ、2005年は競走馬を超えた生き物が異次元の強さを大観衆の前で示した衝撃に感動しました。

・ネオユニヴァース、メイショウサムソンが2冠目を制す

・ディープインパクトはダービー制覇後、三冠馬に

・キングカメハメハ、ディープスカイが変則2冠を達成

・タニノギムレットの娘ウオッカが64年ぶりの牝馬での制覇

みなさん、思いでの日本ダービー、ダービー馬がいるかと思います。今年の日本ダービーの前に思い出のレースを見直してみるのもいいと思います。

最後までブログを読んでいただきありがとうございました!