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福永祐一がキングヘイローで惨敗した1998年の日本ダービーとは?

こんにちは!岡本です。

日本ダービーを遂に福永祐一ジョッキーが制しました!馬券ははずしたけど嬉しい!

ワグネリアンで勝つまで福永祐一は日本ダービーを勝ったことがなく、初挑戦 の1998年、キングヘイローで負けたときは独特の緊張感があったそうです。

あのときから20年、今日までエピファネイアで2着になったことがありましたけど、なかなか勝ちきれない年が続きました。このままダービーを勝てないのではと思ったこともあったようです。

福永騎手が日本ダービー制覇するまではたくさんのドラマがありました。今回は、すべての始まり、1998年の日本ダービーを振り返ろうと思います。

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1998年の日本ダービー


福永騎手はキングヘイローでの初出場の時は当日だけでなく何日も前から興奮状態で、当日、本場場からスタート前の輪乗りの時に目の前が真っ白で何もわからなくなったと告白しています。スタート後も記憶がなかったそうです。

キングヘイローを管理していた坂口調教師によれば、緊張感がすごく伝わって「大丈夫かな」と思ったそうです。そこに、福永騎手から「逃げてもいいですか?」と言われて「これはダメだ」と思ったそうです。

キングヘイロー自体、超良血馬でデビュー前からかなりの注目を集めていた馬でした。クラシックの有力候補と言われていてそれに違わぬ成績で日本ダービーまできていました。

そんな中、スペシャルウィークに次ぐ2番人気で迎えたレースでおおかたの予想を裏切り、スタートしてまもなく先頭にたってしまいます。福永騎手は必死になだめましたが完全に折り合いを欠き惨敗します。

スペシャルウィークの武豊騎手は10回目のダービーでようやく初勝利を手にし、くっきりと明暗が分かれる結果になりました。

ちなみに、皐月賞馬セイウンスカイが2着馬から0.1秒差の4着にかろうじて踏ん張ったのに対し、キングヘイローはそこからさらに1.8秒も離れた14着でした。

抑える事ができなかったのがすべてだという事で彼の騎乗には散々非難が集まったわけです。馬も人もダービーの独特な雰囲気に飲まれ舞い上がったと言われていました。

福永祐一騎手本人も「徹子の部屋」に出演時、忘れられないレースにとしてこのときの日本ダービーをあげています。

このレースまで極度の緊張に飲まれることはなく、最初で最後の経験だったとコメントしています。このダービー以降は緊張に飲まれることはなくなったそうです。

キングヘイローとは

父ダンシングブレーヴ、母グッバイヘイロー(アメリカGI7勝)という超良血でデビュー前からの注目馬でした。

2歳時は素質だけで走っていましたが、3歳になるとスペシャルウィークやセイウンスカイと3強とうたわれていましたがクラシックは無冠に終わりました。

神戸新聞杯で岡部に乗り替わりなんて事もありました。

古馬になってからフェブラリーステークス(単勝5倍代の一番人気)で大敗、続く高松宮記念で柴田善を背にGI制覇(2着は元主戦の福永鞍上ディヴァインライト)しますが、タイトルはこの一つのみでした。

超良血馬らしくモマレ弱かったのが印象的で、外枠に入った時の方が好走していました。

この馬は首の使い方が下手でした。そういった意味ではスプリント戦の方が向いていたのかも知れません。

2歳時、東スポ杯を勝った時も首を高くあげたまま走りきっていました。年を重ねる毎に良くなると思っていましたがちっとも上手くなりませんでしたね(笑)

種牡馬になってからはオークス、秋華賞を制覇したカワカミプリンセス、高松宮記念、スプリンターズステークスを連覇したローレスゲレイロなど、父に似た個性派の子どもたちをターフへ送り出しました。

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まとめ

キングヘイローの日本ダービーの時は、明らかにテンパった騎乗でした。スタートして第一コーナーの時点で、「祐一まずいぞ」と思いました。

我を失った日本ダービーから20年、ついに満を持して福永祐一がダービージョッキーになりました。

今後、ダービージョッキーになった福永騎手とダービー馬になったワグネリアンの活躍に期待しましょう!