その他

日本ダービー2019馬券購入の参考に過去歴代優勝馬を動画で解説!

こんにちは!オカモトです。

今年も日本ダービーの日がやってきました!

令和最初の日本ダービー馬は皐月賞を制したサートゥルナーリアで間違いないのか?

騎手もルメールからレーンに変わっているし、他にも有力馬が何頭かいるので予想が難しいところ。

ということで、馬券検討の参考に、これまでのダービー馬を振り返っていこうと思います!

1989年から2000年のダービー馬12頭!

1989年 ウィナーズサークル

好スタートから中断のインコースでじっと末脚を温存すると、最後の直線で馬場の中央を通って鋭進。

最後は伏兵リアルバースデーとの一騎打ちになったが、これを半馬身差で退け、見事ダービー馬となった。

郷原洋行騎手はダービー2勝目。

芦毛、そして茨城産としては初の快挙だった。

1990年 アイネスフウジン

朝日杯三歳ステークスをマルゼンスキーのレコードタイムに並ぶ1分34秒4で優勝し、世代のトップホースへ躍り出ると、翌春のクラシック路線で活躍。

皐月賞(G1)2着の雪辱に燃えた日本ダービーでは、迷わずハナを切り、そのまま一度も先頭を譲らず2分25秒3のレースレコードで快勝。

以後2004年までこの時計は破られなかった。

1991年 トウカイテイオー


シンボリルドルフの初年度産駒として華々しくターフに登場すると、父を彷彿させる無敵の快進撃を披露。

日本ダービーは20頭立ての大外枠だったが、それも大きな障壁にはならず、直線半ばで勝利を決定付ける完勝劇だった。

父以来の無敗のダービー馬誕生。

その強さに誰もが魅了された。

1992年 ミホノブルボン

戸山為夫調教師の下、栗東の坂路で鍛え上げられた「栗毛の怪物」は底知れぬスピードで不安視された距離面を次々と克服。

圧倒的な強さで皐月賞(G1)を制したのに続き、日本ダービーでも後続に影を踏ませない走りでクラシック2冠を達成。多くのファンに愛された。

1993年 ウイニングチケット


ビワハヤヒデ、ナリタタイシンとの3強時代を全力で駆け抜けた名馬。

3歳時のトライアルレースから注目を集めたが、何と言っても日本ダービーの勝利が鮮明だ。

柴田政人騎手にダービー初栄冠を捧げた人馬一体の名勝負は永遠に歴史に残るだろう。

1994年 ナリタブライアン


1994年の皐月賞・ダービー・菊花賞をいずれも圧倒的な差で勝利。

史上5頭目のクラシック三冠を達成した勢いで有馬記念も制覇。

激しい気性が災いしデビュー当初は安定感を欠いたが、シャドーロールを初めて装着した6戦目の京都3歳ステークスから無敵の快進撃がスタート。

皐月賞が3馬身半差、日本ダービーが5馬身差、菊花賞が7馬身差と、距離が伸びるごとに着差を広げていった圧巻の強さは永遠の語り草である。

皐月賞・菊花賞ではレースレコードもマーク。

圧倒的な強さを誇るシャドーロールの怪物として競馬ファンのみならず多くの人々を魅了した。

1996年に種牡馬になるも1998年死亡。

後継産駒が出なかったのは惜しまれる。

顕彰馬にも選出され、栗東トレセン内に馬像が建立された。

1995年 タヤスツヨシ

前走の皐月賞は追い込み届かずジェニュインの後塵を拝したが、距離が伸び、最後の直線も長くなった日本ダービーでリベンジに大成功。

サンデーサイレンスの初年度産駒として2着ジェニュインとともに父の名声を上げた。

サンデーサイレンス時代の到来が高らかに宣言された印象深い一戦だった。

1996年 フサイチコンコルド


「外からフサイチ、外からフサイチ、内はダンスインザダーク、コンコルドだ、コンコルドだ、外から音速の末脚が炸裂する、フサイチコンコルド。今一つの競馬の常識が覆された!なんと僅か3戦でのダービー制覇!」

前年のイギリスダービーでキャリア1戦のラムタラが優勝。

世界中に衝撃が走ったが、日本でも通算3戦目という史上最小キャリアでの快挙がフサイチコンコルドによって達成された。

それも最後の直線で一番人気のダンスインザダークを差し切る強い内容。

和製ラムタラの異名がよく似合った。

1997年 サニーブライアン


「これはもう、フロックでもなんでもないっ!サニーブライアン!」三宅正治アナの名実況が印象的だったサニブーの日本ダービー。

1998年 スペシャルウィーク


最後の直線で独走状態に突入。

いつもの武豊騎手なら手綱を緩めて流す場面だが、悲願に向けて一瞬の油断も見せず後続を引き離して先頭ゴール!

通算10度目の挑戦でダービージョッキーの称号を得た。

それもデビューからコンビを組み続けてきた良き相棒との勝利。

喜びもひとしおだったはずだ。

17戦中16戦が3着以内と安定した強さに加え、主戦騎手はスター騎手武豊。

父サンデーサイレンスということもあり大きな人気を博した。

3歳時は日本ダービーを制覇。

特に活躍が光った古馬時代には天皇賞春・秋とジャパンカップも制覇。

秋の天皇賞ではコースレコードを記録した。

2000年に引退後種牡馬入りし、ブエナビスタなど多くの優れた産駒を送り出した。

1999年 アドマイヤベガ


母ベガが桜花賞(G1)オークス(G1)で2冠を達成してからの6年が経過し、アドマイヤベガはその長男として日本ダービーの晴れ舞台に立った。

最終的にナリタトップロードとアドマイヤベガが3.9倍、テイエムオペラオーが4.2倍。

三強というよりも三頭の一番人気馬がいるような雰囲気だった。

最後の直線でその三頭による激しい叩き合いとなり、最後まで追い出しを我慢したアドマイヤベガが大外から鋭く伸び、先頭ゴール!

天才・武豊の冷静な騎乗が光る一戦だった。

気品に溢れた雰囲気はまさしく良血馬独特のもの。

母も輝いた東京芝2400メートルの大舞台で本馬も大きな輝きを放った。

2000年 アグネスフライト


「エアシャカールか河内の夢か豊の意地かどっちだ!?(三宅正治)

河内騎手はこの時17回目のダービー挑戦。

対する武豊騎手はダービー3連覇がかかっていた。

祖母アグネスレディーはオークス馬。

母アグネスフローラも桜花賞馬とクラシックウイナーの血を受け継いだ本馬。

前走の京都新聞杯(G3)で重賞初制覇。

大目標だった日本ダービーでは最後の直線で大外から鋭進。

祖母、母の主戦でもあった河内洋騎手をダービージョッキーへと導いた。

翌年には全弟アグネスタキオンが皐月賞(G1)に優勝。

日本を代表するクラシックファミリーの存在感を示した。

1989年から2000年のダービー馬12頭まとめ

平成の前半12年間は以下に書いたように4つの傾向があったかと思います。

どれも熱いレースですけど、個人的には1999年の日本ダービーのアドマイヤベガ、ナリタトップロード、テイエムオペラオーの3強が最後までしのぎを削るレースが一番好きです。

まさに、最高の日本ダービー!

・アイネスフウジン、ミホノブルボン、サニーブライアンの逃げ切り

・ウイニングチケットとアドマイヤベガの年は3強が激突

・トウカイテイオー、ナリタブライアン、スペシャルウィークら大本命が圧倒的な力を見せて優勝

・アグネスフライトとミドリマキバオーの年はライバル馬とのマッチレース

2001年から2010年のダービー馬10頭!

2001年 ジャングルポケット


「マル外開放元年新世代の扉をこじ空けたのは内国産馬ジャングルポケット!」(三宅正治アナ)

外国産馬の開放元年となった2001年。

ライバルはNHKマイルカップ(G1)を勝った外国産馬クロフネと見られていたが、そのクロフネは最後の直線で伸びを欠いた。

対照的にジャングルポケットは力強い末脚を発揮。

堂々たる勝利で内国産馬の意地を見せた。

未完の大器と呼ばれたフジキセキが引退してから約6年。

再び同じチーム(馬主、調教師、騎手)で挑んだクラシック路線にて日本ダービー制覇という最高の結果が生まれた。

ウイニングランの時、本馬が大歓声に驚いて頭を激しく上下させたシーンは語り草である。

タフなコースで知られる東京芝2400メートルでG1を2勝したように高い能力に疑いの余地はない。

日本ダービーは重馬場でパワーを要求されたレースであり、ジャパンカップは2分23秒台の速い時計の決着でスピードが問われたレースだった。

同じコースでも異質のレースを制した意味は大きい。

今でも東京芝2400メートルのスペシャリストとしてその名を轟かせている。

2002年 タニノギムレット


初勝利直後から重賞を3連勝。瞬く間にこの世代の横綱格として注目を集めた。

最大の武器は末脚。

抜群の瞬発力を持ち最後の直線でスパッと切れる決め手は多くのファンを魅了した。

NHKマイルカップでは最後の直線で致命的な不利を被り3着。

そのリベンジを誓った日本ダービーは、最後の直線で持ち前の豪脚を発揮し、見事第69代の栄光を勝ち取った。

レース後、降っていた雨が上がり、まるでで勝利を祝福するかのように東京競馬場に美しい虹がかかった。

通算8戦のうち7戦でメンバー中最速となる上がり3ハロンタイムをマーク。

中でもシンボリクリスエスなどをゴール寸前で計ったように差し切った日本ダービーは実に見事だった。

2003年 ネオユニヴァース


前走の皐月賞ではサクラプレジデントとの接戦を制したネオユニヴァースが続く日本ダービーでも能力を全開。

後方追走から徐々にポジションを仕上げて最後の直線で難なく抜け出した。

外国人ジョッキー初制覇、お馴染みのミルコデムーロ騎手がまた一つ伝説を作った。

2004年 キングカメハメハ


「今最強の大王が降臨した!キングカメハメハ強し!」(三宅正治アナ)

NHKマイルカップと日本ダービーを制した初代変則二冠馬。主戦の安藤勝己はNHKマイルカップの勝利で手応えを掴んでおり、レース前からどこを通っても負けないというくらい自信があった。

最後の直線ハーツクライ、ハイアーゲームが猛烈な勢いで競りかけてきたが相手にせず優勝。ゴール前では安藤勝己がガッツポーズを見せるほどの余裕の勝利であった。

2005年 ディープインパクト


無敗で皐月賞(G1)を制したディープインパクトの強さは社会現象化し、日本ダービーでは単勝支持率73.4%(1.1倍)国民的アイドルホース・ハイセイコーが記録した66.6%を32年ぶりに塗り替えるダービーレコードをマークし、レースでもその圧倒的支持にふさわしい納得の強さを見せた。

2006年 メイショウサムソン


6番人気で優勝した皐月賞(G1)がフロックでなかったことを証明するように、日本ダービーでも好意追走から最後の直線で息が長い末脚を存分に発揮。

逃げ粘るアドマイヤメインをめがけてジリジリと一完歩ごとに差を詰め、ゴール前でしっかりとらえた。2冠目は堂々の一番人気だった。

2007年 ウオッカ


馬場の中央から一際目立つ末脚でグイグイ伸びてきたウオッカ。

その光景に目を疑ったファンも多かったことだろう。

牝馬による日本ダービー制覇は1943年のクリフジ以来。

実に64年ぶりだから、それも無理はない。

あまりに鮮やかな勝ち方、それも牝馬が常識を覆したことに場内は騒然としていた。

戦前は「厳しい」という声が多かった日本ダービーへの挑戦だったが、いざ蓋を開けてみれば、ウオッカの末脚が炸裂し、直線半ばで勝負が決する圧勝。

その後も日本を代表するトップホースとして活躍。

中でも天皇賞(秋)でのダイワスカーレットとの死闘は後世へと語り継ぐべき名勝負である。

2008年 ディープスカイ


3歳3月頃から急激に頭角を現し始め、四位洋文騎手とコンビを組むようになった毎日杯からレースぶりが激変。

2馬身半差の圧勝で重賞初制覇を飾ると、続く NHKマイルカップ、日本ダービーで一番人気に支持された中、最後の直線で抜群の末脚を発揮し優勝。

変則二冠を達成し、名実ともに世代最強馬となった。

また鞍上の四位洋文騎手にとっては前年のウォッカに続く優勝。

史上二人目の日本ダービー連覇を達成した。

その後も芝1600メートルから2400メートルと幅広く活躍。父アグネスタキオンのリーディングサイアーのタイトル獲得に大きく貢献した。

2009年 ロジユニヴァース


父ネオユニヴァースは2003年の日本ダービー馬。

それから6年後、待望の初年度産駒が次々と勝ち上がる中、真っ先に父の名声をあげたのがロジユニヴァースだ。

クラシックの登竜門であるラジオNIKKEI杯2歳ステークス、弥生賞を快勝するも皐月賞で惨敗。

雪辱を期した日本ダービーは、レース当日の昼頃から強烈な雨に見舞われる。

馬場は一気に不良となり、自ずと道悪適性を問われるレースになったが、そんな中、ロジユニヴァースがまさしく水を得た魚のように躍動する。

大雨の不良馬場となったレースで先行力を活かし圧勝!

ダービー親子制覇の偉業を達成し、皐月賞(G1)の雪辱を果たした。

なお、勝ちタイムはレースレコードより10秒以上も遅かった。

2010年 エイシンフラッシュ


ドイツからの持ち込み馬でデビューは2歳の9月。

この年クラシックの登竜門・エリカ賞(500万下)を勝ち、一躍クラシック候補にのし上がる。

京成杯で重賞初制覇。

皐月賞3着を経て日本ダービーに参戦。

1000メートル通過61秒6は良馬場で行われた日本ダービーとしてはスローペースの部類。

馬群は4コーナーで一塊となり、典型的な瞬発力勝負のレースになると、馬場の中央から力強く伸びてきたのがエイシンフラッシュだった。

上がり三ハロンのタイムが驚異の32秒7!

メンバー中最速の末脚で栄冠を掴んだ。

主戦の内田博幸騎手は、初の日本ダービー制覇。

持ち込み馬がダービー馬となるのは2004年キングカメハメハに次ぐ史上4頭目の記録である。

2001年から2010年のダービー馬まとめ

2001年から2010年の10年間はいろいろなことがありました。

どのレースも衝撃的なんですが、00年代中盤のキングカメハメハ、ディープインパクト、ウオッカの3頭はちょっとレベルが違います。

2004年のキングカメハメハが勝った日本ダービーと2005年のディープインパクトが勝った日本ダービーは現地に行っていたので印象深いです。

2004年は夏のような熱さの中で、常夏の熱さを味方につけた大王が他を寄せ付けない強さを見せつけ、2005年は競走馬を超えた生き物が異次元の強さを大観衆の前で示した衝撃に感動しました。

・ネオユニヴァース、メイショウサムソンが2冠目を制す

・ディープインパクトはダービー制覇後、三冠馬に

・キングカメハメハ、ディープスカイが変則2冠を達成

・タニノギムレットの娘ウオッカが64年ぶりの牝馬での制覇

2011年から2018年のダービー馬8頭!

2011年 オルフェーヴル


2011年スプリングステークスで初重賞勝利の後、東京競馬場での皐月賞、そして不良馬場の日本ダービーも完勝し、二冠を達成。

期待が高まる秋はトライアルも快勝。

菊花賞では単勝1.4倍と圧倒的な支持を受け馬の力を信じた池添騎手の好騎乗もあって見事勝利。

クラシック三冠を成し遂げた。

騎手からゴーサインが出てからの反応が鋭く、馬場に関係なく瞬間的にトップスピードへ移行する豪脚が最大の武器。

その証拠にデビュー戦から3歳時の有馬記念まで、常に上がり3ハロンのタイムが35秒を切り、33秒台前半という驚異の切れを見せることも珍しくない。

また、ゴール前の勝負根性も秀逸。並びかけられても一歩も譲らず、メンタル面の強さも発揮。

2012年 ディープブリランテ


皐月賞(G1)3着後、岩田康誠騎手がつきっきりになって調教を施すなど、ダービーにかける強い思いを見せる。

逃げたゼロスが1000メートル通過59秒1を刻み、淀みないペースで流れた中、好位3、4番手を追走したディープブリランテは最後の直線に入っても粘りの走りで奮闘。

父子制覇を達成した。

フェノーメノをはじめ、ワールドエース、ゴールドシップなど後続の追い上げを完封し、ダービー史上三番目の好タイムで優勝を飾った。

初制覇に号泣する鞍上の姿には心を打たれた。

2013年 キズナ


半姉に桜花賞(G1)と秋華賞(G1)を制した2冠馬ファレノプシスがいる他、いとこに三冠馬ナリタブライアンと菊花賞馬ビワハヤヒデが存在。

日本を代表するクラシック血統と言っても過言ではなく、父が三冠馬ディープインパクトなので、本馬への期待は非常に大きかった。

後方待機&大外一気で自分の競馬に徹する姿はまさしく父のそのもの。

父の鞍上も務めた武豊騎手が日本ダービーで見せた渾身の騎乗に場内からは万雷のユタカコールが巻き起こった。

レース後のインタビューで「帰ってきました!」と満面の笑顔で答えた天才。

5度目のダービー制覇は永遠に破られない大記録となるはずだ。

2014年 ワンアンドオンリー


ウインフルブルームの出走取り消しでスローペースはほぼ確実となる中、位置取りが勝負の分かれ目となった。

積極的にポジションを取りに行ったのは外枠のイスラボニータ、トーセンスターダム、そして前走の皐月賞では後方で待機したワンアンドオンリーもポジションを取りに来た。

皐月賞から一転して先行策が功を奏し、イスラボニータとの壮絶な叩き合いを制した3番人気のワンアンドオンリーが頂点に立った。

2015年 ドゥラメンテ


日本で最強を誇ったキタサンブラック、海外のG1を制したリアルスティール、サトノクラウンらの馬を相手に皐月賞、日本ダービーを制したのがドゥラメンテ。

父(キングカメハメハ)のダービーレコードを破ったのはあっぱれというほかない。

サンデー系のような切れ味だけでなくパワーと凄みを感じられる末脚だった。

血統を含め、あらゆる意味で可能性を感じさせる馬だっただけに早い引退が残念。

2016年 マカヒキ


ディープインパクトの子供達を中心に史上最強世代と称される3歳馬が出場。この年の日本ダービーは史上最高レベルと言われ、14万人の観衆がおしかけた。

皐月賞を制したディーマジェスティ、皐月賞2着のマカヒキ、早くからダービーに照準を定めたサトノダイヤモンド、重賞3賞のスマートオーディンなど実力馬が多数揃った。

レースは最後の直線、マカヒキとサトノダイヤモンドが抜け出し、激しい叩き合いとなった。

ビデオ判定の結果、わずか8センチ差でマカヒキが勝利。

1着にマカヒキ、2着にサトノダイヤモンドとなり騎手がゴール直後に握手していたことが印象的だった。

2017年 レイデオロ


レイデオロは中団後方からでしたが、ペースが遅いと見るや2番手まで進出し、最後の直線で先頭に立ちそのまま一着でゴール!

レイデオロはもちろん頑張りましたが、ルメール騎手の見事な判断が光ったレースでした。

藤沢和雄調教師がルメール騎手と共に日本ダービー初制覇。

藤沢和雄調教師は19頭目の挑戦で初の日本ダービー制覇。

ルメール騎手はJRA最多タイに並ぶG1・3週連続勝利と記録に残る日本ダービーとなった。

2018年 ワグネリアン

昨年の日本ダービーは、福永祐一が悲願のダービーを制覇したドラマチックなレースでした。

5番人気ながら、東京スポーツ杯2歳ステークスを勝ったとき以上のすばらしい末脚を繰り出して勝利。

日本ダービーで何度も悔しい思いをしてきた福永祐一がダービージョッキーに輝いたのは、東京競馬場の大観衆を沸かせたのはもちろん、心から感動しました。

まとめ

2011年から2018年の8年間もいろいろなことがありました。

とくに最近はマカヒキ、レイデオロなどディープインパクトやキングカメハメハらの子供によるダービー父子制覇が多いように感じます。

どれも熱いレースですけど、個人的には2013年のキズナが勝った日本ダービーが印象深いです。

2着のエピファネイアとの本当にどっちが勝つのか分からないマッチレース!

名前もキズナという素晴らしい名前で、黒鹿毛のかっこいいすごく素敵な競走馬が日本の頂点に立った思い出深いレースです。

・ドゥラメンテが2冠目を制す

・オルフェーヴルはダービー制覇後、三冠馬に

・ディープインパクト産駒のキズナ、ディープブリランテが父子制覇

・キングカメハメハ産駒のドゥラメンテ、レイデオロが父子制覇

みなさん、思いでの日本ダービー、ダービー馬がいるかと思います。

今年の日本ダービーの前に思い出のレースを見直してみてはいかがでしょうか?

最後までブログを読んでいただきありがとうございました!